フォトグラファー佐藤健寿、新宿 北村写真機店での展示作品とカメラ&レンズとの密なる関係を語る。〈後編〉

フォトグラファー佐藤健寿、新宿 北村写真機店での展示作品とカメラ&レンズとの密なる関係を語る。〈後編〉

はじめに

前編に続き、新宿 北村写真機店6Fライカフロアに展示中の作品について写真家・佐藤健寿氏ご本人からコメンタリー形式で解説していただく本企画もいよいよ大詰め。撮影時のエピソードに加え、作品作りに欠かせないカメラやレンズの話はさらなる深みへと進んでいきます。

延々と続く光景に淡々と向き合う

Lake Huvsgul,Mongolia Oct. 11 2019 ©Kenji Sato

――この作品は2019年にモンゴルで撮影されたとのことですが、広大な平原に巨大で恐ろしいほど透明度の高い湖が広がっています。

「フブスグル湖というモンゴル最大の淡水湖です。ここから先、北の方に行くとロシアとの国境になるんです。そこにトナカイを連れている遊牧民がいて、トナカイに馬みたいに乗って遊牧生活している人たちを撮影しにいく道中がすごくて、本当に延々とこういう景色なんですよ」

――そこには陸路でしか辿り着けないのですか?

「国内に飛行機の便がないのでクルマで片道1000kmひたすら西に向かっていきます。往復でほぼ日本縦断みたいな距離感です。地平線が一番美しい国ってやっぱりモンゴルかなと思います。カメラはライカM10でした。このときは雑誌の撮影でフィルムも使ったので、中判カメラのマキナ67とライカM10を持って行きました」

――おお、マキナ67といえばニッコールレンズと蛇腹の組み合わせで画質とコンパクトさを両立させた旅カメラの名機ですね。ライカM10と同様にレンジファインダーによる二重像合致のピント合わせで、撮影の作法も近いですね。

「マキナ67は昔からずっと使っていて、いまでも手元にある中判フィルムカメラです」

コロナ禍の東京を空撮する

Tokyo,Japan Jan. 21 2021 ©Kenji Sato

――こちらは2021年に東京都心の上空から撮影されたものですね。

「もう忘れてきているけれど、世界的なコロナ禍で東京も陰鬱で先が見えない、しかもオリンピックをやろうとしているという訳のわからない状況を写したもの。ここはまだいいですけれど新宿方面から太平洋側の沿岸部を写すと、東京の市街がまるで墓石のように見えるんです」

――そもそも東京スカイツリーの形からして、黒澤明監督の『七人の侍』に出てくる侍たちの墓に突き立てられた遺品の太刀を連想させますよね。僕にはこの塔が墓標のように見えます。

「極度に発展した街は、もはや廃墟と見分けがつかない。これが北朝鮮やメキシコであればまだバラバラの色や個性があって面白いですけれど、東京はすべてが共通的なので余計にグレーの塊に見えるし、ゴジラの皮膚のようにも墓石のようにも見えてきます」

――ちなみに撮影に使った機材は?

「発売間近だったライカM11か、ライカSL2のどちらかですね。東京のバブルっぽい夜景の空撮はあっても、こういう切り口の写真はあまりないと思って、それが楽しくてこの数年で空から東京を4、5回撮っています」

極北の地の理想郷を見つめるレーニン像

Pyramiden, Spitsbergen Aug .26 2022 ©Kenji Sato

――この写真、みんなが大好きなレーニン像と鋭角の稜線が折り重なる広大な景色との取り合わせが鋭く解像していて素晴らしいです。レンズはアポ・ズミクロンですね?

「そうですね。それと、みんながレーニン像を好きなのかどうかは別にして、僕の撮る写真は社会主義国をモチーフにすることが多いのは確かです。それは、超資本主義の世界でどんどん景色が画一化していくなかで、タイムカプセルのように取り残されている場所がまだあるからです」

――ということは、ここは旧ソ連領ということでしょうか?

「いいえ、スピッツベルゲンのピラミデンという場所で、政治的には無主地と呼ばれるエリアです。一応全体の管理はノルウェーがしているけれど誰でもビザなしで行けるんです。たとえば井上さんがピラミデンで中古カメラ屋を開業したいと思えば、何の許可もなくできますよ(笑)」

――他にカメラ屋さんはなさそうだから、店の名前はピラミデンカメラにします。でも極北の地なのでお客さんが来るかどうか心配です。それに気候も厳しいんですよね?

photo: Jun Udagawa

「極夜で1年のうち3分の1くらいは太陽が全く当たらない時期があるので、それを乗りこなすメンタルと孤独に耐えうる力があれば稼ぎ放題です。街の人口は1000人ほどで、タイ人の出稼ぎタクシードライバーがいたりします」

――で、そんな場所にレーニン像があるのはなぜでしょう?

「20世紀の社会主義が夢見た理想郷として、この場所にある炭鉱で採った石炭を発電に使って、ある種の永久機関のような超コンパクトな社会主義文明のショールーム的な街を構築して、無主地なので欧州の基地とやりとりすることで社会主義ってこんなにいけてるんだぜというアピールをすることが目的でした」

――それから現代文明のエネルギー源は石油や原子力に切り替わってこの街は廃棄されたと。

「綺麗なビルが建っていて、エネルギーも自給自足でという夢の永久都市として作られたけれど結局は廃棄され、それが極地ゆえに人にも植物の侵食にも荒らされることなくタイムカプセルのように残っているという、かなり特異な場所です」

機材(レンズ)の選択の基準について

――ほとんどの人が訪れたことのないような場所に出向き、その光景を伝えるのに相応しいと思われるレンズを選び、写真にしていくのが佐藤さんの撮影スタイルだと思います。レンズが画像を演出することなく無収差で撮るアポ・ズミクロン的なアプローチも魅力的ですが、今回の作品で使われたレンズの中で特にノクティルックスM 50mm F1 (E58)の存在が気になりました。球面レンズで大口径ゆえの独特なボケが注目を集めているオールドレンズです。

「でも僕の場合はE58が好きなのはすごくよく写るというのが大前提です。とかくオールドレンズ好きの人はボケが目的化していることってあるじゃないですか? レンズソムリエ的な人はそれでいいと思いますが、僕はあくまで最後に写真を見る人、普通の人が見てどう思うかが大事だと思って撮影しています」

――伝えたいことがあって、それを高めるためにレンズの個性を使う。あくまでレンズの個性は手段だという心がけが大切であると。

自分が真に欲している描写を探究する

photo: Jun Udagawa

「レンズオタクの人たちの『この収差がね』みたいなことは、作品として訴えたいことではないです。でも普通の人が見てもわかるE58特有の何か今のレンズじゃないなという凄みがあるじゃないですか。それは撮っている自分からして説明がつかない部分であって、おそらく残存した収差でライカグローと呼ばれるごくわずかなにじみ感が認識されながらもピントに芯があってという、60-70年代のライカレンズのいいところが好みですね」

――大口径の標準レンズにも様々な種類があると思うのですが、おおむね試された結果として自分が今使うべきレンズを選択されているのですよね?

「初代のノクティルックスも持っていて使っていたのですが、あれはシャープでしたが個性が行きすぎていて手放しました。ノクティルックスは全ての世代を試しました。ノクティルックスF0.95を買ったらレンズ沼の底ですとか言われていますけれど、あんなのは入り口に過ぎない(笑)」

――F0.95が決定打かと思いきや、そうではなかったと。

「その前の世代のF1のノクティルックスにはE58がありE60前期後期、フード内蔵型と続いていきますが、試してみたら全部違うんですよね。本当に10本以上を試して、最後に行き着くところまで行くとシリアルナンバーなんですよ」

photo: Jun Udagawa

――世の中のレンズマニアの方々より、さらにコアな話題になっていると思います(笑)。同じスペックで同じレンズ構成のレンズでも、番号帯すなわち製造された時期で描写の印象が変わってくるということですね?

「E58にも前期・後期・中期があって、僕は中期が好きです。前期は色があっさりし過ぎるという感じがしました。勝手な想像では、製造されはじめの段階ではまだ作り慣れていなかったのではないかと思っています。トータルで自分に一番良かったのは中期。もちろん個体差もあると思います」

――うーん、これからE58の中期モデルの中古相場が高騰したら、それは佐藤さんの発言が原因ですね(笑)。今日は作品とカメラやレンズとの切り離せない関係について貴重なお話が聞けて楽しかったです。どうもありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」

まとめ

本インタビューは、店舗リニューアルを記念して発刊された小冊子「新宿 北村写真機店へ、ようこそ。」に収録された佐藤健寿氏へのインタビューのスピンオフ記事です。小冊子ではライカMシステムの魅力やカメラ店との付き合い方などを中心に掲載。ご興味ある方はあわせてお読みください。小冊子は日本語版および英語版を店頭で頒布しています。

 

■フォトグラファー:佐藤健寿
『奇界遺産』シリーズ(エクスナレッジ)は写真集として異例のベストセラーに。ほか著書に『世界』『THE ISLAND – 軍艦島』、『CARGO CULT』など。TBS系「クレイジージャーニー」ほか出演多数。写真展は過去、高知県立美術館、山口県立美術館、群馬県立館林美術館、ライカギャラリー東京/京都などで開催。「佐藤健寿展 奇界/世界」が全国美術館で巡回中。

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

新宿 北村写真機店 6Fライカフロア

撮影協力:新宿 北村写真機店6Fライカフロア

新宿 北村写真機店はカメラのキタムラのフラッグシップストアとして位置付けられており、6Fライカフロアにはライカブティック / 中古ライカコーナー / ライカヴィンテージサロンがあります。ライカカメラ社公認のブティックでは新品のカメラボディやレンズを中心に、双眼鏡やお持ちのカメラをドレスアップするカメラアクセサリーを取り揃えています。写真家・佐藤健寿氏がライカで撮影した作品もこのブティックで展示しています。中古を取り扱うスペースも隣接しているため、ライカの新品×中古もシームレスにご覧いただけます。またヴィンテージサロンでは海外のオークションに出品されるような珍しいカメラの取り扱いもございますので、定期的にご来店いただければ、都度発見があるはずです。

どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。

新宿 北村写真機店
〒160-0022 東京都新宿区新宿3丁目26-14[地図

 

 

 

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